豊島簡易裁判所 昭和62年(ハ)2762号 判決 1988年10月03日
原告 練馬自動車整備工業協同組合
右代表者代表理事 大戸淳也
右訴訟代理人弁護士 西村四郎
同 菅沼昌史
被告 綾野雄志
右訴訟代理人弁護士 横松昌典
主文
原告と被告との間の、当裁判所昭和六一年(手ハ)第一一一号約束手形金請求事件の手形判決を取り消す。
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者が求めた裁判
一 原告
1 被告は原告に対し、金四六万六、七〇〇円及び内金三万五、九〇〇円に対する昭和六〇年一月三一日から、内金三万五、九〇〇円に対する同年二月二八日から、内金三万五、九〇〇円に対する同年三月三一日から、内金三万五、九〇〇円に対する同年四月三〇日から、内金三万五、九〇〇円に対する同年五月三一日から、内金三万五、九〇〇円に対する同年六月三〇日から、内金三万五、九〇〇円に対する同年七月三一日から、内金三万五、九〇〇円に対する同年八月三一日から、内金三万五、九〇〇円に対する同年九月三〇日から、内金三万五、九〇〇円に対する同年一〇月三一日から、内金三万五、九〇〇円に対する同年一一月三〇日から、内金三万五、九〇〇円に対する同年一二月三一日から、内金三万五、九〇〇円に対する昭和六一年一月三一日から、各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 原告の請求の原因
1 原告は、別紙手形目録記載の裏書の連続のある約束手形を所持している。
(尚、訴外巣鴨信用金庫に対する裏書は、取立委任裏書である。)
2 被告は、右各手形を振り出した。
3 右約束手形は、いずれも支払呈示期間内に、支払場所に支払のために呈示された。
4 よって、原告は被告に対し、右各手形金と、これに対する各満期日から完済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払いを求める。
二 請求原因に対する被告の答弁
1 請求原因1及び同2の事実はいずれも認める。
2 同3の事実は知らない。
三 抗弁
1 被告は原告に対し、別紙積立保証金目録記載の通り、積立保証債権金七〇万〇、三五九円を有している。
右積立保証金(以下「保証金」という)は、被告が原告組合に加入した昭和五三年三月二五日に、原告との間に締結した「練整協手形割引業務取扱に関する基本契約」(以下「基本契約」という)に基づき、原告の組合員たる被告が、原告によって割引を受けた手形、又は被告振出の手形によって、原告がその支払を受けられなかった場合の保証金として、被告が原告に預託したものである。
2 基本契約一〇条によれば、保証金は、組合員が組合を脱退した時に返還を受けられるものとしており、原告に対する債務の相殺に充てることが出来ることとなっている。
そして、原告の定款一二条は「① 組合員はあらかじめ組合に通知したうえで、事業年度の終わりにおいて脱退することができる。② 前項の通知は、事業年度の末日の九〇日前までに、その旨を記載した書面でしなければならない。」と定めている。
3 被告は、昭和六二年七月二八日原告に到達した書面で、原告組合を脱退する旨の意思を表示したので、同年の事業年度の終わる昭和六三年三月末日をもって脱退の効果を生じた。
従って、右同日の経過により、被告は、原告組合から保証金の返還を受けることが出来ることとなった。
4 よって、被告は原告に対し、昭和六三年五月三〇日の本件口頭弁論期日において、被告の原告に対する右保証金債権をもって、本件手形金債務四六万六、七〇〇円と、対当額で相殺する旨の意思表示をした。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実中、被告の積立保証金債権が主張の金額であることは認める。その余の主張事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実の内、主張の日に、被告が原告組合に対し書面で脱退の意思表示をしたとの点は認める。脱退の効力を生じたとの点は否認する。
4 同4の主張事実のうち相殺の効力の点は争う。
五 再抗弁
民法六七八条一項但書によれば、組合員は、「組合のため不利な時期において脱退することを得ず」としている。
ところで、原告組合においては、以前に代表理事であった斎藤七之助、同じく副理事長であった渡邊利平、同じく専務理事であった加賀美寛が在任当時に不正貸付をしたため債務超過の状態となり、訴外巣鴨信用金庫に約一億円の負債を負っていたが、現在の理事がその債務の保証をしたうえ努力した結果約八、六〇〇万円に減少した。
しかし、現在も組合員に対する保証金を返還することは不可能の状態である。
従って、被告の脱退の意思表示は、原告組合にとって不利な時期における脱退に当たり脱退は許されず、被告の保証金返還請求権は発生していない。
六 再抗弁に対する認否
原告組合が、主張のように負債を抱えているとの点は認める。
しかし、原告は、中小企業協同組合法(以下「協同組合法」という)に基づき設立された組合であり、協同組合法は、組合の組織や組合員について詳細な規定をおいており、同法第一八条は、組合員の自由脱退を規定している。
従って民法の組合に関する規定は、中小企業協同組合法の適用を受ける組合に対しては適用されないものと解すべきであり、被告は自由に脱退できる筋合いであり、原告の主張は失当である。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1及び2の事実は、いずれも当事者間に争いがなく、請求原因3の事実は、《証拠省略》によってこれを認めることができ、他に、右認定を覆すに足りる証拠は無い。
二 抗弁1の事実中、被告が原告に対し、主張の通り積立保証金債権を有しているとの点、同2の事実並びに同3の事実のうち、主張の日に被告の脱退の意思表示を記載した書面が原告に到達したとの点は、いずれも当事者間に争いがない。
三 再抗弁について判断する。
1 本件原告は、協同組合法三条一項一号に基づき設立された事業協同組合に該当するものであると解される(ちなみに、同法六条)。
従って、再抗弁は、要するに協同組合法に基づき設立された事業協同組合において、組合員が脱退するについて、民法六七八条一項但書の規定が適用されるべきかどうかと言うことになる。
2 当裁判所の結論は、以下の理由によって、協同組合法上の組合のうち、事業協同組合については、民法三編二章一二節に定める組合の規定が適用されることはなく、類推適用される余地もないものと解する。
即ち、
第一に、形式的な面から検討すると、協同組合法上の組合は、組合という名称を用いているけれども、協同組合法四条は、「組合は、法人とする。」と規定している。
従って、組合という名称を用いていることを基準にして、その実質についても、組合であると判断することは許されないものということになる。
第二に、協同組合法制定の歴史的沿革を検討すると、同法は、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」(昭和二二年法律五四号・以下「独占禁止法」という)二四条と非常に関連の深いものであると解される。
この点は、協同組合法七条一項の規定によっても明らかである(なお、有斐閣発行「注釈民法」2巻三二七頁以下及び同社発行法律学全集五四巻上柳克郎著「協同組合法」二頁、一〇頁以下等参照)。
従って、協同組合法の解釈に当たっては、協同組合法の立法趣旨のみならず、独占禁止法の立法趣旨をも参考として解釈することが必要であると解される。
第三に、実質的な面から検討すると、協同組合法は、その二章に中小企業等協同組合に関する規定を置き、
ⅰ 一節は、通則として、
① 五条に、基準及び原則として、「組合は、この法律に別段の定の有る場合の外、左の各号に掲げる要件を備えなければならない。」として組合の目的、組合員の加入・脱退の自由、議決権・選挙権の平等などについて定めている。
右の五条は、独占禁止法二四条の規定とほぼ同一の内容・要件を規定したものと言うことが出来る。
② 八条に、組合員の加入資格について詳細に規定する。
ⅱ 二節から六節までに、① 事業 ② 組合員 ③ 設立 ④ 管理 ⑤ 解散 ⑥ 清算 の各項目に関し、九〇か条にも上る詳細な規定が置かれている。
そして、
③の組合の設立について、三一条は、認可主義を採用しており、三二条は、組合の設立の無効について、商法四二八条の規定を準用することを規定している。
④の管理に関する規定のうち、業務執行方法に関する規定について見ると、三六条の二は、「組合の業務の執行は、理事会が決する。」としていて、四二条は、理事について、民法五五条、(代表権の委任)、商法二五四条の三(取締役の義務)、二六一条、二六二条(会社代表)等を、又、総会について、五四条は、商法二三一条その他の商法の規定をそれぞれ準用する旨定める外、商法の多くの規定を準用する旨定めている。
⑤及び⑥の組合の解散及び清算について、六九条は、商法の一一六条その他の商法の規定を準用する旨定めている。
ⅲ 以上のように、協同組合法の、全体の条文の配列、及び特にその組織に関する規定の構造・内容を検討すると、民法一編二章の法人に関する規定ないしは商法二編四章の株式会社に関する規定と類似点が多く、そのうえ、前記のように、商法の株式会社に関する規定を準用する旨定めている場合が多いことが認められる。
これに反して、民法の組合に関する規定を準用する旨の規定は存在しない。
この点は、同法が協同組合を法人としたことからも当然のことと解される。
そして、その内容は、前記のように独占禁止法二四条の規定の範囲内において同条に抵触しないように配慮されて制定されたものと解される。
ⅳ ところで、一般に法人(社団)と組合との相異点については、学者の説くところによれば
① 社団は、構成員の個人的目的を超越して、独立の単一体として社会に現れてくるため、構成員の個性が希薄な団体であるのに対し、組合においては、組合員の個人的目的のために、組合員の債権的なつながりをもつ契約関係であり、
② 社団は、組合と異なり構成員の加入・脱退が比較的自由であること。
③ 社団は、理事その他の機関を設定しうるが、組合は、組合員を代理人に選任しうるにとどまること。
④ 社団においては、構成員は、社団財産に対する直接又は間接の経済的参与が認められない。
などの諸点が挙げられている(前記注釈民法三四頁以下参照)。
そこで、前記ⅰないしⅲに述べた諸点と、右の①ないし④の点とを勘案検討すると、事業協同組合は、その実質においても法人であると解すべきものと考える。
そして、一条及び五条一項一号、同条四項並びに五九条等の規定を総合して検討すると、事業協同組合は、組合員の相互扶助を目的として設立されるものであって、営利を目的とするものではないので、講学上のいわゆる営利法人には当たらず、又、公益法人とも言えず、「中間的法人」(我妻栄著「民法講義」Ⅰ[一四四]参照)と呼ばれるものと解される。
3 以上の通りであるから、結局原告の再抗弁は、その余の点について判断するまでもなく理由がないことになる。
四 ところで、協同組合法第一八条は、「① 組合員は、九〇日前までに予告し、事業年度の終わりにおいて脱退することができる。 ② 前項の予告期間は、定款で延長することができる。但し、その期間は、一年をこえてはならない。」と規定し、そして、原告の定款一二条も、右の一項と同趣旨の規定を置いている(この点は弁論の全趣旨によれば当事者間に争いがない。)。
五 そうすると、前認定の通り、被告が原告に対し、昭和六二年七月二八日到達した書面で、原告組合を脱退する旨の意思を表示したとの点は、当事者間に争いのないところであるから、被告は、昭和六三年三月末日の経過をもって原告組合を脱退したことになり、被告の保証金返還請求権も同様に発生したこととなる。
そして、被告が、本件昭和六三年五月三〇日の第一二回口頭弁論期日において、右保証金債権をもって、本件手形金債権と、対当額において相殺する旨の意思を表示したとの点は当裁判所に顕著である。
従って、原告の本件手形債権は、右の相殺によって消滅したものと言うことになるので、被告の抗弁は理由がある。
六 以上の通りであるから、原告の請求を認容した原手形判決は、全部これを取消し、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤修)
<以下省略>